FC2カウンター なすかの世界 2006年11月
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虹を架ける者--------第6話

 アイセント東方の街マンセンの、裏町も裏町、まともな神経を持った者が一歩でも踏み込めば、言い知れない恐怖にとり憑かれそうな、妖しい雰囲気に包まれた区画に、よく当たると評判の占い師の庵(イオリ)があった。
 今、そこに訪れているのは、いずれも十六、七歳の少女二人である。
 ちょっとした振動でも崩れそうな粗末な小屋の中、陰気に笑う老婆を前にして、少女たち――――ルーティとアーリィはすぐさま立ち去りたいのを堪えていた。
「あ・・・あの!」
 意を決したように、ルーティが口を開く。老婆はそれには反応せず、黄色っぽい目で二人を嘗め回すように見つめている。
 ここで挫けてはならないと、ルーティが更なる決意を固めたとき、やっと老婆が口を開いた。
「ふぅむ・・・・・・なかなかいい素材だねぇ」
 老婆は、アーリィを見つめてそう呟いた。
「・・・・・・は?」
 意味がわからず、きょとんとするアーリィ。
「いやいやいや、こっちのことさね」
 老婆は黄色い歯を剥き出しにして、にんまりと笑った。薄暗い室内に一本きりの蝋燭(ロウソク)で照らされて、不気味なことこの上ない。
「それで?この占い師ナスティカになんの用だい?」
 枯れ枝のような指を組む老婆――――占い師。
「あ・・・あの・・・・・・」
 ルーティは何をどう言うべきか、逡巡(シュンジュン)としたが、思い切って尋ねてみる。
「泉を探しているのです・・・・・・七色に輝く不思議な泉を」
「泉・・・・・・?さてさて・・・・・・?」
 占い師は、おそらくは占い道具なのであろう、砂の入った玻璃(ハリ)の器を手に取り、右へ左へと揺り動かす。
「ほぉほぉ・・・・・・なるほどのぉ・・・・・・」
 玻璃の器を揺り動かしながら、占い師は一人頷く。
「何かわかりましたか?」
 ルーティが期待を込めて身を乗り出したとき、占い師の瞳が不気味に光った。
「あぁわかったよ」
 占い師は玻璃の器を懐(フトコロ)にしまうと、掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がる。そして――――、
「その泉に・・・・・・お前たちを行かせてはならないことがねぇ!」
 唸るようにそう言うと占い師は、おもむろに右手を振り上げた。すると、振り上げられた手の爪が、腕の長さほどに伸びた。
 突然のことに、呆然とその爪を見つめるルーティ。そんな彼女めがけて、鋭く尖った鉤爪(カギヅメ)が襲う!
「ルーティさま!!」
 鉤爪がルーティを掠める一瞬前、アーリィがその身をもって守らんと、ルーティに覆いかぶさった。
 シャッ!!
 鋭い空気を裂くような音とともに、鮮血が飛び散る!
 二人の少女は絡み合ったまま転がり、さして広くもない小屋から転がり出た。
「ぅ・・・・・・」
 転げたときに軽く頭を打ったのか、ルーティはぼんやりする頭を抱える。何が起こったのか、未だに理解できていなかったのだ。
「大丈夫ですか!?ルーティさま!」
「・・・・・・アーリィ?」
 その瞬間、ルーティの脳裏で鮮やかな赤色が閃いた。
 赤い色・・・・・・血・・・・・・そうだ!突然の占い師の攻撃から、アーリィが庇ってくれたのだ!そのせいで、アーリィが怪我を!
「アーリィ!あなたこそ怪我は!?」
「平気です、掠っただけですから」
 よくよく見ると、アーリィの腕の部分の衣服が裂け、そこから血が滴っている。確かに、それほど深手ではなさそうだ。だが――――、
「ひぇっひぇっひぇっ・・・・・・平気なもんかね」
 のっそりと小屋から出てきた占い師が、血糊(チノリ)のついた鉤爪を舐めながら不気味な笑い声を上げる。
「この爪には毒がある・・・・・・放っておくと、受けた傷からどんどん腐ってくよぉ」
 ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ――――。
「いったい・・・・・・あなたはなんなのですか!」
 いきなり襲われ、アーリィに傷を負わされ、ルーティの怒りが爆発した。
「あたしかい?見ての通りの・・・・・・」
 そこで老婆は軽く腕を振る。その瞬間、真っ白だった髪が黒くなり、黄色く濁っていた目は紫に、どす黒い色をしていた唇は艶(アデ)やかな血の色に――――そして、曲がっていた腰がまっすぐになり、皺だらけだった肌が滑らかになる。
 豊満な胸を申し訳程度の布で包み、太ももの辺りから大胆に切れ込みの入った長衣を纏う、艶(ナマ)めかしい美女へと変化した。
「魔女さ」
 毒々しい深紅の唇がつり上がる。


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虹を架ける者--------第5話

 アイセント最大の街マンセン。門をくぐると広場になっており、様々な露店が林立している。
 大鎌騎兵隊のシンディとリューナの二人と別れたルーティたちは、市場には目もくれず大通りに行き、中級の宿を見つけるとそこへ入っていった。
 そろそろ夕食時でもあり、酒場になっている1階は人で一杯だ。しかし、大半がこの街の住人らしく、部屋はたくさん空いていたようで、二人はなんなく部屋を取ることができた。
 今晩の寝床も確保したところで、ルーティがさっそく宿の主人に尋ねる。
「ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あ?」
 宿の主人は、上品な物言いに慣れていないらしく、口をぽかんと開けている。
「ルーティさま、ここは私にお任せください」
 アーリィが慌ててルーティを後ろにやり、改めて宿の主人に問いかける。
「おやじさん、このあたりに伝えられている昔話とかないかな?それに詳しい人を知ってたら紹介してほしいんだけど?」
「んん?昔話ぃ・・・?はてなぁ・・・?」
 最初の少女とは打って変わって、砕けた調子の二人目の少女に、宿の主人はやっといつもの調子を取り戻したが、どうやら心当たりがないらしい。
 ここでも収穫はないかと、少女二人がため息をついたとき、宿の主人がぽんっと手を打った。
「昔話に詳しいかどうかは知らねぇが、裏町によく当たるって評判の占い師がいるぞ」
「占い師?」
「あぁ、なんでも本当によく当たるらしくてな。特に、探し物が得意らしいぞ」
 ルーティとアーリィは顔を見合わせた。行ってみる価値はある。
「ありがとうございます、お、お、おやじサマ」
 今ひとつ庶民になりきれないルーティが、言いにくそうにしながら丁寧に頭を下げる。その様子にアーリィは、苦笑するしかない。
「ではルーティさま、今日は夕食をとって休んで、明日その占い師を訪ねてみましょう」
「そうね、今日はいろいろあって疲れたものね」
 そう言ってルーティは懐で眠っている小猿のキャッパーをそっと抱きしめた。ルーティの危機に、勇ましく立ち回ったためか、大蟷螂に乗っている間もずっと眠っていた。
「一番楽そうですけどねぇ・・・・・・」
 アーリィの呆れた物言いに、ルーティはくすくすと笑う。

 そうして翌日、朝食をとった二人は、宿の主人に詳しい場所を教えてもらい、さっそく占い師を訪ねていった。
 なお、その占い師は動物嫌いらしく、キャッパーは宿でお留守番ということになった。
 大通りからいくつもの辻を通り過ぎ、辺りはいよいよ陰気になり、およそ人など住んでいそうもない区画に行き着いた。
 高い建物に囲まれた、ちょっとした空き地に、粗末で今にも崩れそうな小屋がちんまりと建っていた。扉はなく、薄汚れた茶色い布が外と中を隔てているだけである。
 ごくり、と誰とも知れず喉が鳴る。
「とても評判だとは思えませんね・・・・・・」
 自分たち以外、訪れている者のない小屋の前で、二人は立ちすくんでいた。
「で、でも・・・藁にもすがらねば・・・」
 ルーティがそう呟いたとき、小屋の中からしわがれた声が聞こえてきた。
「あたしゃ藁かい」
 ルーティはびくっと肩を震わせ、アーリィは慌てて首を振る。
「いえ!そんなことは!」
 占い師など、気難しいに決まっている、という偏見を持っているアーリィは、ここで機嫌を損ねては大事だと、懸命に言い繕う。
「評判の占い師だと伺って来ました!ぜひ、占っていただきたいことが・・・」
 アーリィが言い終わらないうちに、戸口の布がひとりでに開いていった。そして――――、
「お入り」
 再び、妙に高い空気交じりの声が二人を誘う。
 ルーティとアーリィは同時に唾を飲み込み、意を決して戸口をくぐった。
 薄暗い室内を照らすのは、髑髏(ドクロ)の形をした燭台(ショクダイ)に乗せられた蝋燭(ロウソク)一本のみ――――妖しさ倍増である。そして、その蝋燭の光を受けて、一人の老婆の姿がぼんやりと浮かび上がっていた。
 寸でのところで、悲鳴を押し殺す二人の少女。
「ようこそ、占い師ナスティカの庵(イオリ)へ」
 どす黒い顔をした老婆がにんまりと笑う。

虹を架ける者--------第4話


 大陸の東域最大の国アイセントのさらに東方にて、おかしな組み合わせの旅人がいた。街道を西に進路をとり、二匹の大蟷螂に騎乗しての六人と一匹の旅人である。
 うち二人は、いかにも兵士といったいでたちで、それぞれの大蟷螂に乗りわけ、手綱を取っている。
 さらに二人は、ぐったりとした怪我人で、人相風体や縛り上げられている様子から、盗賊の類のようである。後ろを行く大蟷螂に無造作に乗せられている。
 残りの二人は少女である。どちらも将来有望な美女になるであろうと思われる。前を行く大蟷螂に乗り、どこか怯えた表情をしている。
「それであんたたち、何の目的で旅をしてるんだい?」
 少女たちと同乗し、手綱を握っている女性―――大鎌騎兵隊隊長のシンディが、軽い気持ちで聞いてきた。
「え・・・えぇと・・・その・・・・・・」
 茶色い髪と不思議な光をたたえた青い瞳を持つ少女が言葉に詰まる。そこへ後を引き受けたのは、赤い髪と瞳の、ややきつめの眼差しをしたもう一人の少女だった。
「私たちは、各地で語り継がれている伝承の類を集めている者です」
「へぇぇ・・・・集めてどうすんだい?」
「本にするのです」
「あんたたちが?」
「いえ、私たちは調査員ですので、私たちの雇い主が・・・・・・」
「調査員?そっちの子は良い所のお嬢っぽいけど?」
「そ・・・それは・・・・・・いろいろあるのです」
 この間、茶髪の少女―――ルーティは一切口を挟めず、二人の間で目を泳がせるばかりだった。
 シンディの遠慮のない、矢継ぎ早な質問を浴び、赤髪の少女―――アーリィは次第に口ごもる。
 なおもシンディが質問のために口を開こうとしたとき、後ろの方から冷ややかな声が飛んできた。
「隊長・・・・・・それ以上尋ねるのは無粋ですよ」
 口を開いたまま、数瞬固まっていたシンディは、じろり、と隊員のリューナを睨みつけた。
「わかったよ・・・うるさいねぇ」
 これ以上突っ込まれないとわかり、ルーティとアーリィの二人はほっと胸をなでおろした。
「まぁ・・・この国を脅かそうっていう輩でもないだろうしねぇ」
「そ、それはもちろんです!本当に私たち、伝承の類を聞いて回ってるだけで・・・」
 とんでもない疑いだと、ルーティが慌てて否定する。
「それはいいとして、さっきも言ったとおり、女の子二人だけで旅をするのは危険だよ」
 騎兵隊として、”それはいい”というのはどうかと、後ろの方でぼやくリューナ。
「この辺りはそれほど治安は悪くないはずでは?」
 だからこそ、無用心にも街道から外れた場所で休憩を取っていたのだと、アーリィが弁解する。
「あぁ、それがねぇ・・・どうもおかしいんだ」
 シンディは、リューナの大蟷螂に同乗させている、二人の男を顧みた。
「あいつらはねぇ、首都近郊を根城にしていた夜盗集団『封龍』の下っ端さ」
 『封龍』の名に聞き覚えのあったアーリィは、しかし首を傾げる。
「『封龍』といえば、アイセントの義賊として有名だったはず・・・・・・」
「そうなんだけどね・・・・・・こいつらの、代替わりしたばかりの若い頭目が行方不明になってるらしくてね」
 それ以来、義賊らしからぬ行いをし始めたのだとシンディは苦い顔で語る。
「それだけじゃないよ」
 アイセントの東隣の国、イシスでも何やら事が起こってるらしく、商品の流通が滞っているのだそうだ。そのせいで、商売が巧くいかなくなった商人たちが、盗賊まがいのことをやり始めているらしい。
「それでどんどん、治安は悪化していってるんだよ」
 それを聞いて、暗い顔をするルーティ。そんな彼女を慰めるかのように、小猿のキャッパーが小さな手を頬に当てる。
「あたしたちが護衛をしてやれればいいんだけどねぇ・・・・・・そうもいかないしねぇ」
 ちらりとリューナの顔色を伺いながら、シンディは肩をすくめる。治安が悪化する中、騎兵隊の、しかも隊長が一介の旅人の護衛をする暇などあるはずがない。
「お気遣いありがとうございます。街に到着しましたら、考えてみます」
 ルーティは丁寧に頭を下げた。アーリィもそれに倣う。
「あぁ、そうしなよ―――っと、その街が見えてきたよ」
 シンディの言うとおり、前方にアイセントの東方でもっとも大きい街、マンセンがその姿を現していた。
「あんたたちを降ろした後、あたしたちはそのまま西にあるマンティス砦に向かうから、何かあったら遠慮なく尋ねてきなよ!」

虹を架ける者--------第3話

 昆虫王国アイセントの東に隣接する、虹の国イリスとの国境から西へと向かう街道を、十日程進むとなだらかな丘陵地帯に行き当たる。
 街道から少し離れた位置にある小高い丘で、金属のぶつかり合う音と、複数の人声が辺りを騒がせている。
「ルーティさま!お逃げください!」
 突然襲い掛かってきた四人の男たちから主人を守るべく、瀟洒(ショウシャ)なナイフで応戦するアーリィ。なかなかの腕前ではあるが、多勢に無勢、すでに息が上がっていた。
「アーリィ!」
 こういうとき、足手まといにしかならないことを熟知しているルーティは、断腸の思いでその場から逃げ出そうとするが、男たちの素早い動きに阻まれていた。
「逃がしゃしねぇぇぇ!」
 男たちは、狂気に満ちた血走った目で、二人の少女を追い回す。
「ゥーキャキャキャッキャッ!」
 キャッパーは小さな体で、果敢にも男たちに飛びかかって行った。一人の男の頭上に飛び上がり、髪を引っ張り、顔に爪痕を残し、鼻っ柱に噛み付くという、なかなかの活躍ぶりだ。
 だがそれでも、多勢に無勢であることに変わりはなかった。
 二人は徐々に、休んでいた二本の巨木の根元に追い詰められていった。
「ルーティさまに触るな!」
 アーリィはその身をもって庇うように、男たちの前に立ちはだかった。そんな彼女に、男たちのナイフが迫る!
「アーリィ!」
 次の瞬間に訪れる、最悪の情景を想像して、蒼白になるルーティ。
 そうして――――、
「ぎゃぁぁぁ!!」
 悲鳴を上げたのは、男たちの方だった。四人の男のうち、二人が胸から鮮血を吹き上げながら、地面に倒れていった。
「あんたたち、よくもあたしの領域で勝手な真似してくれたね」
 見知らぬ声が、巨木の後ろから聞こえてきた。ルーティとアーリィは同時に振り向く。
 巨木の後ろから出てきたのは巨大な蟷螂(カマキリ)――――いや、大蟷螂に跨った人であった。しかも二人。
「さぁ・・・・・・死にたいならかかっといで」
 頭上でひとつにまとめた長い髪を払い、にやりと笑うその様はとても美しい。
「ヒ・・・・・・ヒィィィィ!」
 二人の男は、倒れた仲間を置き去りにして走り去って行った。残された二人は胸を押さえ、苦しげな声を上げてはいるが、生きている。
 もはや身動き取れない二人の男を、もう一人の女性が大蟷螂から降り立ち、手早く縄で締め上げていく。
「大丈夫だったかい?あんたたち」
 最初の女性も蟷螂から降り立つと、座り込んでいるルーティたちを覗き込んだ。
「あ・・・・・・はい、危ないところをありがとうございます」
 まだ青い顔をしてはいるが、ルーティは丁寧に頭を下げた。それにアーリィも倣う。
「見たところ、怪我もなさそうだね」
 にっと笑う姿が、女性に用いるには相応しくないのかもしれないが、とても凛々しい。ルーティは素直にそんな感想を抱いた。
「あんたたち、二人連れかい?」
「あ、はい・・・・・・そうです」
 どこまでも素直なルーティ。
「あんたたちのような若い女の子が、たった二人だけで旅してるのかい?危険だね・・・・・・護衛の一人や二人、雇ったらどうだい?」
 女性はルーティの服装や立ち居振る舞いから、護衛を雇うくらいの財力はあるとみたようだ。
「いえ・・・その・・・・・・護衛でしたら、アーリィ・・・・・・この者が務めてくれますので」
 女性は、アーリィをちらりと見た。
「ん・・・・・・まぁ、腕は悪くないと思うよ」
 言外に、頼りないと言っているも同然だった。アーリィにとっては屈辱だが、真実なのでぐっとこらえる。
「ふむ・・・・・・砦にこいつら連行するついでだ、あたしたちが近くの町まで連れてってやるよ」
 くいっと、女性が顎で指したのは、暴漢二人をばっさり切り払った、あの大蟷螂である。
 ルーティとアーリィは、互いに顔を見合わせ、困った表情を作る。どうやら、虫は苦手なようだ。
「そうそう、まだ名乗ってなかったね」
 女性は、連れの女性を手招きし、
「あたしは、王立大鎌騎兵隊隊長のシンディ。で、こっちは隊員のリューナだ」
 リューナと紹介された女性は、そこで騎士の礼をする。ルーティがそれに返礼をしようとしたところを、アーリィが慌てて止める。庶民は、返礼など知らないものだ。
「さぁ!遠慮なく乗りな!」

虹を架ける者-------第2話

 昆虫王国との異名を持つアイセント王国。その名の由来は、多くの大型昆虫が棲息し、かつ、王立軍はそれらの昆虫を騎乗できるように飼い馴らしているためである。
 中でも、甲虫騎兵隊は勇猛果敢なことで、世界各国に知れ渡っている。
 そんなアイセント王国の王都へと続く街道を行きかう人々の中に、小柄な二人と一匹の旅人がいた。
 二人とも男装してはいるが、よくよく注意してみると、どちらもまだ若い、少女であることがわかる。
 一匹は、少女の肩に乗れるほど小さな猿だ。陽の光を浴びて薄く輝く金色の毛並みをしている。
「ルーティさま、そろそろ休憩なさいますか?」
 少し前を歩いていた、もう一人の少女より弱冠、背の高い少女が後ろを振り向きながら言った。
「わたしは大丈夫・・・・・・だけど」
 ルーティと呼ばれた少女は、自身の肩に乗っている小さな生き物を顧みた。小猿は微かに声を上げた。
「キャッパーが疲れているみたい、あの木陰で休みましょう」
「は?肩に乗ってるだけで?」
 前を歩く少女は呆れたような声を出す。それに抗議したのは小猿のキャッパー。
「ゥーキャッ!」
「そんないじわる言わないのよ、アーリィ」
 キャッパーの代弁をするように、ルーティが笑いながら諭す。
「わかりました、ではあの木陰で」
 アーリィはルーティの手をとると、街道から少し外れたところにある、小高い丘の上に生えている二本の樹の下へ誘った。
 そこでアーリィが手早く敷物を敷いたとたん、ルーティの肩からキャッパーが飛び降りた。
「元気じゃない」
 またまた呆れ声を出すアーリィ。
「キャキャキャッキャッ!」
 敷物の上で跳ねながら、再びキャッパーの抗議が始まる。そんな木陰に入った小猿の毛が、今度は薄い緑色へと変化し始めた。
「・・・・・・変な猿」
 ルーティのためのお茶やお茶菓子を用意しながら、アーリィは首をかしげた。この猿は、光の加減で毛並みの色を変化させる。
「アーリィったら・・・・・・これでも我が国の聖獣なのよ」
 苦笑いしているルーティ。だが、そんな彼女も「これでも」といった発言をしていることに気づいていない。
「こんなのが聖獣・・・・・・ねぇ」
 とても信じられない、と肩をすくめるアーリィに、キャッパーがまた食って掛かろうとしたとき、大きく開いた口の中に、おもむろに菓子が放り込まれた。
「あんたの休憩の目的はこれでしょ?」
 そう言って、ルーティとは別に用意していた菓子を口に押し込むアーリィ。キャッパーは目を白黒させながらも、手はしっかりと菓子を掴んで放さない。
「ふふふ、ゆっくりお食べなさい、キャッパー」
 小猿の隣に静かに腰掛けたルーティは、アーリィから差し出されたカップを受け取る。中にはふんわりと匂い立つ薄い色の紅茶が注がれていた。
「・・・・・・もっと良い茶葉を用意できればいいのですが」
 また安い茶葉を用いたことを気にしている様子のアーリィに、ルーティは苦く笑う。
「もうそんなことは気にしないで。わたしはこうしてお茶をいただけるだけで嬉しいもの」
「ルーティさま・・・・・・」
 そんな風に、二人と一匹が和やかにお茶を楽しんでいるところ、背後から四、五人の男たちが歩み寄ってきていた。そのことを敏感に察知したアーリィが、ルーティを背後に庇う形で素早く身を起こした。
「何者!?」
 男たちは、気づかれたことに一瞬ひるんだものの、再びにやついた笑みを顔に貼り付けて、にじり寄ってきた。
「やぁお嬢ちゃんたち、ちょっと頼みがあるんだが・・・・・・」
「頼み?」
 ルーティは軽く首を傾げる。
「そう・・・・・・お嬢ちゃんたちの持ってる、金目のものを全部いただこうか!」
 そう言った瞬間、男たちは手にナイフを持って、二人に襲い掛かっていった!
「きゃあああぁぁぁ!!」
 ルーティの悲鳴が、空を震わせる!

虹を架ける者------第1話

 ヒタ、ヒタ、ヒタ――――。
 深い、深い闇の中から、何者かかが忍び寄る音がする――――。
 いくら目を凝らしても、闇が深すぎて何も見えない。しかし音は、確実に近づいている。
『・・・・・・だれ?』
 思い切って誰何してみる。それでも音は止まることなく近づいてくる。
 そしてそれは突然現れた!
 闇よりもさらに濃い、濃すぎる影を纏った者・・・・・・その影からおもむろに手が伸び、首をつかまれた。
『く、くるしい・・・・・・!』
 息が詰まる、意識が遠のいていく――――。
「――――ま!―――さま!」
 声が聞こえる・・・・・・誰かを呼ぶ声・・・・・・誰が、誰を・・・・・・?
「ルーティさま!」
 その瞬間、ルーティは悪夢から解放された。顔を覗き込んでいるのは、同じ年頃の少女。
「ルーティさま、大丈夫ですか?気をしっかり!」
「・・・・・・アーリィ?」
 ルーティは思い出した。目の前の者が誰か、今現在、自分が置かれている立場。
「そう・・・・・・だったわね、今、旅の途中なのだったわ」
 ここは、虫の国と呼ばれているアイセント王国と、虹の国と呼ばれているイリス王国との国境付近にある街の、小さな宿の一室だ。
「今、悪夢退散に効く香草茶をお入れします」
「あぁ、いいのよアーリィ、たぶんもう夜明けが近いわ、このまま起きてしまいましょう」
 部屋の窓には夜盗除けと、夜逃げ防止のために鎧戸がしっかり閉められているが、ルーティには陽が昇りつつあるのが感じられた。
「そうですか?それでは目覚め用の紅茶をお入れしますね」
 これには素直に礼を言うルーティ。そして寝台から出ようとしたときに、何か柔らかい物を踏みつけた。
「キキー!」
 ソレは、甲高い悲鳴を上げた。
「まぁ、ごめんなさい」
 ルーティはあわてて足をのけると、床でのびているそれをそっと抱き上げた。それは、純白の毛を持った、小さな小さな猿だった。
「ほんとうにごめんなさいね、キャッパー」
「キキィ・・・・・・」
 キャッパーは恨めしそうにルーティを見上げるが、甘えるように彼女の頬に擦り寄った。
「気にすることはありませんよ、ルーティさま、そんなところで寝ていたのが悪いんですから」
 手際よく紅茶を用意したアーリィが、テーブルと椅子を整えながら言った。
「そんなことないわ、不注意だった私が悪いのよ」
 ルーティはキャッパーを抱いたまま、アーリィが整えてくれた椅子に腰をかける。そして、上品に紅茶の入ったカップを持ち上げ、一口ずつ、ゆっくりと喉に流していった。
「おいしいわ、いつもありがとう、アーリィ」
「いえ、申し訳ございません、そんな物しか用意できず・・・・・・」
 本来なら、もっと上等な茶葉を用いるべきところ、今日、用意できたのは、宿の主人から譲ってもらった安い茶葉だ。
「旅の途中なのだもの、仕方ないわ。それに、わたし、贅沢は望まないわよ」
 にっこり微笑むルーティ。その笑顔を見ていると、アーリィはますます居たたまれなくなる。
 アーリィの考えていることがわかり、ルーティはひとつ苦笑する。そして、その瞳に決意をたたえる。
「はやく、旅の目的を果たしましょう」
「はい!」
 アーリィも居住まいを正し、しっかりと頷く。
「ウキャ!」
 それを真似するように、小猿のキャッパーも小さな頭を縦に振った。その様子があまりに愛らしく、ルーティは破顔した。


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